「ロートラーの手稿」 第14回
可憐なDivaの真髄!? ~Minnie Riperton~
PRESENTED by ZAKK

更新日09.08.12 コメント:1件 トラックバック:0件


My Queen of Diva ~ Minnie Riperton ~

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★今回、採り上げてみたいテーマは「Diva」です。ご存知のように、Diva(ディーヴァ)とは日本語で「歌姫」と訳されているように、抜群の歌唱力を有する女性シンガーのことを指す訳ですが、ただ歌がうまいということでは「歌姫」とは呼ばれないようです。5オクターブは楽に超える音域を持ち、信じられないくらいのハイトーンが出せ、20歳代でどこか「華」がないといけないとのこと。このあたりが一般に認識されているDivaの最低条件らしいのですが、結構ハードルは高い。従ってやたらめったらに「Divaの称号」は与えられないようです。とは言うもののDiva認定協会みたいなものなどありませんので、「私は歌姫よ!」と勝手に主張するのも自由ですが...。因みにレコード会社やプロモーターの宣伝文句にはこの言葉がよく使われていますね。
現在、Divaとして広く知られている歌手は、クリスティーナ・アギレラ、マライア・キャリー、ホイットニー・ヒューストン、セリーヌ・ディオンなどがおります。日本ではクリスタル・ケイさんが代表格でしょうか。一方、人気もありアーティストとしての資質も文句なしの宇多田ヒカルさんはDivaというイメージではないような...。ケイさんとヒカルさんの違いはどこにあるのか?を考えると、何となく「歌姫」のひとつの有り方が見えてくるような気がします。

Divaは、イタリア語でもともとオペラのプリマドンナの代名詞だった。そして、プリマドンナの中でも歌唱力、人気ともに抜群で、例えばマリア・カラスのようなアーティストをそう呼んでいたそうです。プリマドンナはオペラでヒロインを演じる主人公で、当然、ソプラノ歌手になります。伸びやかで美しい高音やスター性が現代音楽のDivaにも求められるのも頷けます。
※因みに、Divaの意味としてWikipediaによると「無声映画時代の主役級女優についても用いられることがある。転じて魅力的な女性歌手のこと。近年は一般的に20代までの若い歌手に付けられる。英文において文脈によっては「(歌姫のように)わがまま、大柄な態度で言うことを聞かない」という意味を持ち、皮肉や非難に使われることもある。こちらは女性だけでなく、男性にも使用される。」とあります。

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さて、私なりにDivaの元祖は誰なんだろう?といろいろ考えを巡らしていたのですが、やはりこの人しかいないと確信したシンガーがいました。その女性歌手こそが31歳の若さでこの世を去ったMinnie Riperton(ミニー・リパートン)です!そこで、ミニー・バートンを偲んでいろいろヒストリーめいたものを書きたいと思うのであります。

▼何はともあれまずは、24歳だったミニー・リパートンの超スマッシュ・ヒット!1975年、ビルボードで1位にも輝いた「Lovin'You」

■彼女を語る場合、この「Lovin' You」を避けては通れない。日本では、オリジナルよりも1991年に日本国内で限定発売されたジャネット・ケイのアルバム「LOVIN' YOU~BEST OF J.K.~」でこの曲を知った音楽ファンも多いことでしょう。また、今井美樹さんをはじめ多くの日本人アーティストもカバーしております。いきなり核心から入ってしまったようですが、この「Lovin' You」は、1974年にリリースされたアルバム「Perfect Angel」から、一番最後にシングルカットされた曲ですが、これでミニー・リパートンは「歌姫」としてその存在を世界に向けアピールすることとなりました。その後もヒット曲を出していくのですが、乳がんが原因で、1979年7月12日に帰らぬ人となってしまいます。1975年の大ブレイクから僅か4年後のことでした。
「Lovin' You」はとりわけ大きなインパクトを持っていますが、他の歌のどれをとってみてもアーティストとしての類稀な資質を魅せてくれます。5オクターブ半以上の幅広いレンジとハイトーンを長い間持続できるスキルも並外れています。当時は彼女のことを「Origin of Diva」などと思ったわけではなく、だいぶ後になって、それこそDivaという言葉をよく耳にするようになってからです。

▼せっかくですので、ここでMinnie Ripertonの歴史を簡単に紹介したいと思います。

MinnieRiperton.jpg■Minnie Riperton(ミニー・リパートンは本名。ミドルネームはJean)は1947年11月8日生まれの米・イリノイ州シカゴ出身。他に一時的にAndrea Davis(アンドレア・デイヴィス)という芸名もありました。R&B、Soul、ロック系のシンガー&ソングライターです。音楽一家の8人兄弟の末っ子だったリパートンは早くに芸術に興味を抱いた。シカゴの「リンカーン・センター」で音楽、演劇、バレーとモダン・ダンスを学んだが、リパートンの両親は彼女の歌と音楽的能力に気が付き、音楽と声楽をやるように薦めた。

10代の時、地元のガールズ・バンド「The Gems」でリード・ヴォーカルを務めた。若くして伝説となったChess Recordsに加入し、ラムゼイ・ルイス、マディー・ウォーターズ、チャックk・ベリーなど様々なジャンルの著名アーティストのバックコーラスをする機会を得る。また、Chess時代、ロック・ソウルバンドの「Rotary Connection」で1967~1971年までリード・ヴォーカルを担当。リンカーン・センターでは、オペラのヴォイス・トレーニングを受け、ブレイジングやフレイジングや音域を広げる練習をする。あるコンサートでオペレッタとショーのための曲を歌ったリパートンを観て、彼女の担当教師はリパートンの並々ならぬ能力を確信し、もっと本格的にオペラの勉強をするように彼女に薦めた。しかしながら、時代は1960年代、若いリパートンはソウル、リズムアンドブルース、ロックに強い興味を抱いていたため、オペラの道は選ばなかった。その後、高校を卒業し大学にいくものの僅か2週間で辞めてしまう。

■歌手としての最初の契約は、彼女が15歳の時のバンド「The Gems」においてであった。盲目のピアニストであるRaynard Miner(レイナード・マイアー)がハイド・パークで行われたアカペラコンサートで彼女の歌を聴いて彼女の音楽的な後援者となった。The Gemsは決して成功を収めたわけではないが(やがてThe Gemsは「Studio Three」というセッショングループとして知られるようになった、)音楽業界に対しリパートンの才能をアピールするバンドとしては大いに貢献したと言える。ちょうどStudio Threeで歌っている頃、彼女の良き相談相手にもなったBilly Davis(ビリー・デイヴィス)と出逢う。ビリーは彼女の最初のローカルヒットとなった「Lonely Girl」や「You Gave Me Soul」などの曲を提供した。お世話になっていたBilly Davisに敬意を表して、彼女はAndrea Davisという偽名でこの2曲をリリースする。

そのシングルがラジオでヒットしてから数ヶ月して、リパートンは、前記したファンキー、ソウル・ロックバンドの「Rotary Connection」に加わる。このバンドはChess Recordsの創始者の息子であるMarshall Chessが作ったバンドだった。Rotary Connectionのメンバーは、リパートン、チェス、ジュディ・ハウフ、シドニー・バーンズそしてチャールズ・ステプニーの5人。グループは1967年にレコードデビューし、最終的に5枚のアルバムをリリースした。因みに、このバンド時代に作曲家のRichard Rudoluf(リチャード・ルドルフ)と巡り会い結婚。そして息子「Marc」と娘「Maya」の子供2人の母となった。

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■リパートンの最初のソロアルバムは「Come to My Garden」で1970年、GRT Recordsからリリースされた。そして、彼女は1970年12月26日、シカゴのLondon Houseでラムゼイ・ルイスによってソロアーティストとして紹介された。彼女は「Come to My Garden」から数曲歌った。しかし、商業的にはアルバムは成功しなかった。しかしながら、このアルバムは評論家からは傑作として認められた。

1973年にはリパートンは半引退状態であった。彼女は主婦であり2児の母としてフロリダのゲインズビルで暮らしていた。しかし「Seeing You This Way」のデモテープがきっかけとなって、リパートンはEpic Recordsと契約し同時に、家族はロスアンジェルスに引っ越す。早速リリースされたアルバム「Perfect Angel」はリパートンの最大のヒットアルバムとなった。このアルバムはスティーヴィー・ワンダーもプロデュースしていた。このアルバムからの3枚のシングルもヒットを飛ばす。

アルバムは急激に売れたというより、じわじわとゆっくり売れていった。そのため、エピックは次のアルバム制作を進めようとしたが夫のルドルフはもう1枚シングルをリリースするようエピックを説得した。そして4枚目のシングルカットとなったのが「Lovin' You」であった。1975年の4月にはアメリカのチャートでナンバーワンになり、20ヶ国以上でもナンバーワンに輝く。Perfect Angelはゴールドディスクとなり、リパートンは「ハイトーンで髪に花をあしらった女性」として賞賛され脚光を浴びる。
※「Lovin' You」にまつわるエピソード
PERFEC~1.JPG前記したリパートンの娘「Maya」はSaturday Night Liveに出演していた女優・コメディアンであるが、彼女がまだ子供だった頃、「Lovin' You」がレコーディングされた。リパートン曰く、この「Lovin' You」はMayaのための子守唄のような感じで作ったメロディで、その曲のお陰で夫と私は一緒に時を過ごすことができたと。
曲の最後の方では「Maya, Maya,Maya」と呟いています。そして、彼女の死が近づいた頃は、コンサートでは、「Maya,Maya,Ringo,Maya」と彼女の息子であるMarcにつけたニックネームのRingoも歌に登場するようになった。
※今回ご紹介したクリップでも最後の方で「マヤ、マヤ、マヤ...」と歌っていました。

■Perfect Angelの後、リパートンとリチャード・ルドルフは3枚目のアルバム「Adventure in Paradise」の制作に着手する(リリースは1975年)。クルサイダースのジョー・サンプルもタイトルソングの「Adventure in Paradise」の作曲を手掛け、クルセイダースのプロデューサーであったスチュワート・レヴィンもアルバムのプロデュースを担当した(アルバムのPV撮影中にリパートンはライオンに襲われるが、幸いにも軽い怪我で済んだ)。R&Bナンバーの「Inside My Love」がヒットしたが、このアルバムは「Perfect Angel」ほどの成功は収めることはできなかった。さらに、いくつかのラジオ局は「Will You come inside me」という歌詞がどうもけしからんということで「Inside My Love」を放送するのを拒んだという話もあった...。
そして、4枚目のアルバムは「Stay In Love」。その中の1曲「Stick Together」ではスティーヴィー・ワンダーとコラボしている。また、リパートンも1976年にリリースされたスティーヴィー・ワンダーの名盤「Key of Life」の中の1曲「Ordinary Pain」でバックアップコーラスとして参加している。

MinnieRiperton1.jpg1978年にCapital Recordsへ移籍。1979年、リパートンにとっては最後となる5枚目のアルバム「Minnie」をリリースする。アルバムのレコーディング中は悪化したがんのため、彼女は酷い苦痛を我慢しながら歌った。「Minnie」からのシングル「Memory」はヒット曲となるが「Lovin' You」までの成功とはいかなかった。いろんな見方はあるものの多くの音楽ファン、評論家ではリパートンの最高傑作と言われている。

■1976年、リパートンはThe Tonight Showという番組の中でゲスト・ホストだったフリップ・ウィルソンに自分は乳がんの手術をしたことを打ち明けた。診断された時、がんはリンパ組織まで転移しており余命6ヶ月くらいということをリパートンは知らされていた。それでも彼女は、めげることなくツアーやレコーディングを続けた。1977年には彼女はアメリカがん協会のスポークスマンとなり、さらに1978年、時の大統領ジミー・カーターからホワイトハウスでSociety's Courage Awardを授与された。

1979年初頭には、腫瘍は彼女の右腕を麻痺させ、最後のテレビ出演で歌った時は、パフォーマンスの間、彼女の右腕を動かさないように固定していた。ついに1979年の6月には彼女は寝たきり状態になった。そして7月10日に入院し、7月12日、ご主人の腕に抱かれ、スティーヴィー・ワンダーが彼女のために作った音楽を聴きながら息を引き取った。家族は墓標には家族と夫によって、あの「Lovin'You」の一節、「Lovin' You is easy cause you're beautiful」が刻まれた。

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■ミニー・リパートンとスティーヴィー・ワンダーとの交流は深いものがあり、こんなエピソードがWikipediaに掲載されていたので紹介しておきます。
StevieWonder1.jpg※スティーヴィーはヒット曲に恵まれなかった時期からミニーの歌を聴いており、ミニーに注目していた。スティーヴィーのライヴ会場で、ミニーがスティーヴィーの音楽に対する思いを語ったが、スティーヴィーはミニーのことをファンの一人としか思っていなかった。ところが、社交辞令的に名前をきいてみると、その女性こそ自分が注目していたミニーだったことを知り、スティーヴィーの方が驚き、賞賛の言葉を贈ったという。
この偶然がきっかけで、『パーフェクト・エンジェル』のプロデュース及び演奏サポートをスティーヴィーが手がけることになった。『パーフェクト・エンジェル』のブックレットの裏には、「A VERY SPECIAL FAN」という署名とともにメッセージが書かれているが、この「A VERY SPECIAL FAN」とはもちろんスティーヴィー・ワンダーその人であり、スティーヴィーがいかにミニーに注目していたかを示すものでもある。最晩年、死の床にあったミニーにスティーヴィーが見舞いに訪れた時、ミニーは「私の待っていた最後の人が来た。」とつぶやいたという。

★もし、初めてミニー・リパートンの「Lovin' You」を聴いた方、もしくはこの曲しか聴いたことがない方も是非一度、彼女のアルバム「Perfect Angel」だけでも良いので機会があったら聴いて頂きたい。

最後に...、「Perfect Angel」からもう1曲聴いて下さい。
ついつい引き込まれてしまうリパートンの歌声です。
▼Minnie Riperton (Inside My Love)

※このクリップは同じ映像が2回繰り返されており、画面にカウンターも映っておりますが、その点はご了承下さい。ただ、パフォーマンスとしてはかなり良いものだと思います。

P16070B3U43.jpg■いろいろ勝手なことを書いてきましたが、なんて言ったら良いのか、28歳の時にがんに侵され余命6ヶ月と宣告されながらもコンサートやレコーディングを続け、人々に夢や希望を与えながらもとうとう力尽きて31歳の若さで他界してしまった彼女の生き様に深い感銘を覚えました。そして、ややもすればワンパターン化したような今のDiva像にはないプラスαを持っていると感じるのですが、それが何なのかはうまく説明できない。もっとも、音楽の本当に素晴らしい部分は、直感的に心に響くものなので、言葉で全てを表現するには限界があるのでしょう。少なくとも私にとっては「Minnie Riperton」は最初にして永遠のDivaであり続けると思います。
皆さんは皆さんなりにこれが元祖Divaと思うアーティストがそれぞれいるかと思います。そんなこと今まで考えてもみなかったという方は、一度ご自分なりの「Origin of Diva」探しをしてみてはいかがでしょうか?今まで気付かなかった発見と新たな感動に出逢えるかもしれません。

■「Perfect Angel / Adventures In Paradise」
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※HMV レビュー
ポピュラー史に残る名曲"Loving You"で、一世を風靡し、その5オクターブの声域が"天使の歌声"と呼ばれ、人々を魅了したミニー・リパートン。本CDは、74年のアルバムと、75年のアルバムを2 in 1にした便利な1枚!
ロタリー・コネクションのリード・シンガーとして地道な活動を続けていたミニーが後に結婚するリチャード・ルドルフと手を組み、スティーヴィー・ワンダーの助力も得て、'74年に発表したソロ・アルバム『Perfect Angel』。不朽の名曲「ラヴィング・ユー」での天使の歌声は今尚多くのアーティスト達に歌い継がれている。また、スティーヴィー作のタイトル曲も彼女の代表曲の一つだ。
続く'75年のアルバム『Adventures In Paradise』は、前作をより洗練させたような作風。リオン・ウェアとの共作「Inside My Love」など収録。こちらもコアな音楽ファンを中心に人気が高い。

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||||| Recommended Works |||||
▼Minnie Riperton「Stay In Love & Minnie」
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HMV レビュー
※"パーフェクト・エンジェル"ミニー・リパートンのフリーソウル名盤、ガンで他界する前のアルバム(77年)と79年にリリースされたアルバムを2 in 1。

▼Stevie Wonder「Songs In The Key Of Life」
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HMV レビュー
※数あるスティーヴィーのアルバムの中で「トーキング・ブック」、「インナーヴィジョンズ」、「ファースト・フィナーレ」といういわゆる3部作の後に発表された'76年発売の最高傑作。全米ナンバー1となった、ジャズ界の巨匠デューク・エリントンに捧げられた「サー・デューク」を始め、日本でも大変人気の高い「Knocks Me Off My Feet」、のちにラッパーCoolioにサンプリングされ("Gangsta's Paradise")た「Pastime Paradise」、Disc-2に入っても前年75年に生まれた娘アイシャへの愛情を込めた名曲「可愛いアイシャ」など耳なじみのある名曲を多数収録した20世紀のポピュラー史に残る金字塔とも言うべきアルバム。Stevieならではの独特なコード進行やアレンジが随所で披露されているにも関わらず、同時にそのポップさに見事なまでの注意が払われていて、スティーヴィー・ワンダーの最高傑作としてこのアルバムを挙げる人も多い。約300曲のレコーディングリストから選びに選び抜き21曲を収録したといういわくつき。当時Stevie若干26歳。
【19th[1976]Grammy Awards-Album Of The Year受賞作品】【1976年-14週連続全米No.1アルバム】

||||| SELECTED★PERFORMANCE |||||
ブルースを中心にいろんなミュージシャンのクリップを紹介!
今回は敬愛するこの女性ARTISTを・・・、
▼Bonnie Raitt - Too Long at the Fair -

※Bonnie Raitt(ボニー・レイット)のセカンド・アルバム「Give It Up」(1972年)に収録されている曲。
ボニー・レイットは日本では一般的にあまり知られていない感じですが(もちろん、熱狂的なファンはいますよ)、どこか人の心を惹きつけ、素朴でアーシーながら都会的な歌声は、聴く者の琴線に響くソウルに溢れています。そして本物のブルースを奏でる彼女のギターも素晴らしいの一語。特にスライド・ギターの名手で、世界中のブルース・ロック・ファンやギタリスト達から敬愛を集めているのも頷けます。10枚目のアルバム「NICK OF TIME」やブルースの大御所ジョン・リー・フーカーとのデュエットなどでグラミー賞に輝き、ロックの殿堂入りも果たしている実力派のブルースシンガー&ギタリストにしてシングライターなのです。時には力強く、時には非常に切なく響くその歌声は説得力があり魅力的です。そしてブルースギターが滅法うまい。ピッキング(ほとんどは指)、ボトルネックとも実に良い音を出します。
BonnieRaitt3.jpg彼女がギターを抱えて歌う様はとにかくかっこいいですね。十代のうら若き女の子がブルースギタリスト(シンガー)だなんてとんでもないと親の反対にもめげず、ブルースにどっぷり浸かり、ミシシッピ・フレッド・マクダウェル、シッピー・ウォレス、ハウリン・ウルフ、ジョン・リー・フッカー、マディ・ウォーターなどの一流ブルースメンと親交を深め、ブルースのテクニック、ブルースの魂を直接彼らから学んでだきました。自分の進むべき道を信じそれに向かって突き進んだ生き様も筋金入りです。今年で60歳になりますが、現在、ブルース界の大御所Taj Mahal(タジ・マハール)と共に「The BonTaj Roulet Tour」と称して、元気いっぱいにアメリカ中を駆け巡るツアーをやっております。Bonnie Raittファンとしましては嬉しい限りであります。実は、彼女はまだ日本でコンサートをやったことがありません。個人的にも、近いうちに是非とも日本でライブをやって欲しいと切に願うアーティストです。

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★ロック・ギターの基本ともなるブルース・ギター。単純でありながらも、微妙なギター・テクニックを駆使して、自分の感情をギターで表現するのがブルース・ギターをプレイする魅力でもある。高度なテクニックよりも、基本的なテクニックを分かりやすいDVDの映像を利用してマスターする超ビギナー向けの教則本です。

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コメント

masa さん 09.09.04

ハイトーンを売りにしている女性シンガーは数多くいますが、彼女たちとMinnieの違いを考える上でのキーワードは「痛み」ではないでしょうか。

少々理屈っぽくなりますが、かつてレナード・バーンスタインはルイ・アームストロングを「彼の音楽にはSlight of painがある」と評しています。Minnieの歌声にもやはり「痛み」が伴っており、それこそが死後30年たった今も多くの人々を魅了し続ける理由だと思います。無論、彼女が辿った運命が聴く者にその「痛み」をより強く訴えることも事実でしょう。

「Loving You」「Inside My Love」「Memory Lane」「Can You Feel What I'm Saying」…。どのアルバムのどの曲を取ってもハズレがないのが彼女の凄さ、まさに「Perfect Angel」です。また、whistle voiceに詩をのせて歌う事ができるのも彼女ぐらいでしょう。彼女を取り巻くミュージシャンもStevie Wonder, Joe Sample, Leon Wareと超一流揃い。

マライアのファンには申し訳ないですが、どうしてもMinnieと比べてしまい物足りなく感じます。ある意味マライアは損してるかも。

追悼版のMichael Jacksonとの共演「I'm In Love Again」は隠れた名曲。

今夜もまた長くなりそうです。

P.S.
Aretha Franklinは60歳を超えてもDivaです。

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